2006年02月07日

「テッセラクト」('03 タイ、日、英/監督:オキサイド・パン)

「ならば、三次元は四次元の展開図である」という冒頭ナレーションの意味、あるいは劇中で少年が人生について語った言葉「箱の中身は開けてみなければ分からない」との関係の含意はラストシークエンスにおいてようやく明らかとなる。

ホテルに居合わせた三人の大人たちとボーイの少年のそれぞれの運命が、序々に縒りあわされていき一つの飽和点を迎える。その末路自体に倫理的、あるいは感傷的な寓意は込められていない気がした。この映画の最大の胆はクライマックス直前でのボーイ少年と女性心理学者との会話にある。人生の先と因果を見通せない事実において、生きとし生ける者すべてが「似た者同士」。リスクを知りながらも、危なげな箱の中身をのぞきこまずにはいられない人間という存在への愛おしみ、そして現実という立方体を広げて展開させることで切実な衝動を満たすことができる、映画芸術の構造論をはらんだ創造性。殺伐とした展開を重ねながらも、一抹の暖かさを感じさせてくれる渋みのある映画でした。個人的にかなりツボ。たぶんずっと先も忘れないと思う。

WOWOWにて鑑賞。美形俳優のイメージがあったジョナサン・リース=メイヤーズが神経過敏気味な麻薬運び屋の青年を演じているのが印象深い。他にもたとえば同じく主人公格の一人である女性心理学者など、演技の広がりが自然発生的に思えるキャスティングが全般的に素晴らしかった。
posted by 三和土 at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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