2005年05月20日

「キューティーハニー」('04/監督:庵野秀明)

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カットつなぎが一見唐突だったりするのが、庵野監督っぽさかなーと。

秋 夏子を演じた市川実日子がかわいい。彼女のしっかりとした存在感あってこそのコメディ基調だなあと。『働く若い女性』層へのアピール性が脚本にあるように見えたのは、「ショムニ」ライターが参加してたゆえか。嫌いじゃない味っすよ。テンポも小気味よいセリフまわしが多かったし。

…しかし青児を演じていたのはなぜか武田真治だと思い込んでいた… EDクレジットみるまでそうだとばかり…

底抜けの明るさを持つ女の子、というキャラクターは今回の佐藤江梨子版でもちゃんと出せていたと思うし、雰囲気も飽くまで軽くて気楽に楽しめたんだけど、なかんずく、どうも画面構成がTV向きなように感じたかも。劇場で見てたらすこし物足りなかっただろうなとも思ったのでした。
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2005年05月12日

「APPLESEED」('04/監督:荒牧伸志)

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これ、かなり面白いSF映画になってるじゃないすか。公開時に劇場行っといてもよかったなとちょっと思った。

士郎正宗作品に隠すこともなく滲み出てる保守イデオロギー(士郎氏はおそらくあらゆる点で恵まれた人なんだろうなと常々思う)って、つまるところは大衆向けである映画とは相性良くないという不安要素を感じていたんだけど、この劇場版では舞台となる理想実験都市『オリンポス』に込められたユートピア性がよく咀嚼されて(こまかな設定変更もいくつかあったみたいだけど)、複雑な政治シノプシスもどうにか理解が追い付く程度にまで単純化されてもいて、十分に原作の持つ情報量へのリスペクトが感じられる出来になっていると思う。結局、脚本が思いのほか良い仕上がりになったのだなと。…まあ、ところどころ折り込まれるハリウッド的メロドラマシーンはご愛嬌として受け止めて。

それに音楽やキャスティングも良かった。生身なのにサイボーグと渡り合える完璧超人美女戦士・デュナンは原作版とは格段に人間味が出てたのは、声担当の小林愛氏の貢献度がかなり高いと思う。親しみやすくなったといえば、立場の大きさのわりにはチャランポランなイメージが原作では大きかった立法院職員のヒトミも、バイオロイド代表としてきちんと作品の中で役割を与えられたのが好印象。

最大の売りであるオールCG製作については、細かいことは詳しくないので批評できないけれど、アニメよりかは実在感があり、実写よりかは自由表現度が高いという特色をよく活かしていたと思う。

総合すると、「必見の大作」と言えるには届かないだろうけど少なくとも時間内はダレることなく楽しめたわけで、個人的にはオススメできるレベルです。
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2005年02月16日

DVDで「イノセンス」再見

少女との会話でいきなり激昂するバトーは、やはりどっかの彼岸にいっちゃってる人にしか見えないなあ〜 それともあれは、そばで聞いてた素子への未練がましくもまわりくどい告白シーンなのかなあ。おれは前のおまえよりも今のおまえの方がよりいっそう人間的だと思うぜっみたいな。なんにしても、わけのわからん理由でキレられた少女の実存不在っぷりが哀れでした。ひでえ〜なんてひでえ映画なんだ。でもやっぱりどっちかといえばやっぱり好き。

企業の闇商売を題材としているだけに、露悪的な描写も複数あってそれはあまり繰り返しみたくないのだけど、そういったバイオレンス展開だけでなくて、択捉での極彩色あふれるパレードに、キムの館の絢爛ぶり、そして細密極まるバトー行きつけのスーパーでの背景CGなど数分毎に必ず印象にのこるフック要素の強いシーンがやってくるのは、これはジブリの鈴木敏夫氏によるプロデュース手腕の成果かなあと。そういう映画だからこそ、ソフト購入して手元に置いておきたくなるわけで。

あとは、くだんのバトーの決め台詞をロジック補強してくれる描写がもっと分かりやすく明確にあればねえ。ロクス・ソルス社中枢での戦闘詳細が何が起こってるかほとんど分からんとか、キムは何をやりたかったのか全然わからないとかは、まあいいや…

あ、でも好きです「イノセンス」。これまでの押井映画では一番好き。
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2005年02月10日

「テニスの王子様 二人のサムライ The First Game」

観てきました。平日の昼間、シネコン内一角の324人定員のスクリーン室。女性客率は100%。およそ20人ほど入っていました。二本立て企画で、はじめに長編の表題作(約64分)、休憩なしで続けて短編の「跡部からの贈り物〜君に捧げるテニプリ祭り〜」(約29分)。内容感想の方はアニメ感想カテゴリ内の次エントリで。

ところで予告編タイムで近日上映として宣伝されてたフランスアニメ「ベルヴィル・ランデブー」がとてもかわいかった。あの褪せたような色味にすごく惹かれる。上映期間短そうだけど、行けたら行きたいなあ。
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2004年12月09日

「ハウルの動く城」('04/監督:宮崎 駿)

<ネタバレ度:Bランク/未見の場合は要注意>

展開に不可解な点は複数あるんだけど、そもそも序盤でソフィーが自宅から出ていく理由の背景心理からして描写は省略されているし、また休暇中の軍人に絡まれたソフィーを助け出す(ついでに自分の逃走に利用する)ハウルが街に何の用事があったか(まあぶっちゃけ情事の朝帰りにしか見えない乱れた様子なわけだが)についても台詞一つも説明されない。最初からそういう次第なので、今回は観念寄りで叙情スタイルの作品で来たのだなという空気は早い内に嗅ぎ取れていた。要するにファミリー向けの要素こそあれど基本的には一般向けの映画。これは内容に関する事前宣伝をしなかったのは動員数を減らさないためにも賢明だなと感じた。(それでも近作の宮崎アニメに比べればぐっと観客は少なかったように思うけど。私の見た回は4割方空きがあった)

全体の構成としては、シークエンス毎の時間配分には特に文句はなし。ただオチの付け方はやはり性急さは否めないなと。サリマン師匠(このキャラが男だったらものすごい801映画の誕生だったのに… なーんてな。女だからこそハウルの小姓上がりキャラが活きたのだから実はむしろ快哉)にしろ、カブにしろ、あんな重たい役目を監督から押し付けられる格好になったのは少し不公平な気が。主人公カップルたるハウルとソフィーが戦禍が続く中で自分たちの“家族”とその生活をできる範囲で守りながら、なおかつ自分たちの能力を社会に還元できる方法を考えていく決意をする、そのほのめかしだけでも十分映画として決着を付けられたのではないかな〜と思ったりもする。…まあジブリというメジャーカンパニーが求められている領域というのも分かる気もしますけどね。そういえば、見ている最中に不可解に思ったのは時を越えたソフィーがハウルの少年時代を垣間みる場面。あのエピソードの必要性が半分理解できなかった(つまり半分は分かりました)のだけど、後で考えて分かった。ハウルがソフィーに恋する裏付けを行ったわけね。でも要らなかったんじゃないかな〜 タイムパラドクスを想起させてかえって混乱させるだけだし。それにナルシシズムを傷つけられてハウルが落ち込んでた時に、ソフィーが自分を直球でぶつけたあのエピソードでけっこう十分だといえるのでは。だってハウルは二人の熟女の影に脅え続けてたヘタレっ子なんだから、若いのにおかあさんみたいなソフィーこそ理想的なパートナー足り得ることは設定段階からして約束されていわけで。

テーマ的にも、戦争の醜さや無意味さも「火垂るの墓」張りの空爆被災シーンでちゃんと過不足なく描かれていたし、また更に卑近な社会モチーフでもあるマザコン男と同性間競争(そういえばソフィー母の一番最後のセリフはひそかにショッキングだったよ…)疲労女との恋愛成立≠少子化解決への応援なんかも感じられたりして、まあ八割方は成功しているといえる気がする。あーそれと最も強く感じられたのは老齢に至ることへの肯定(その場をやりすごすための罪のない嘘を付けたり、他人へのおだてをさらりと口にできたりするようになれるというのは実際重畳だよねえ)。それともうひとつは社会へのあくまでも信頼的な目線ね。ソフィー母にしろ、周囲の人々にしろ、ソフィーからはいまひとつ親しみにくい存在だったとはいえ、全然悪意や敵意だけで凝り固まった人物には描かれていない。この点には特に細心な配慮を感じました。

さて最後に強引な仮説を。かつて宮崎監督はル・グィンの「ゲド戦記」のアニメ化を画策して果たせなかったという裏話を目にしたことがありますが、今回はそのリベンジ戦でもあったのではないかと。というのも、ハウルが最も多く変化した鳥シェイプにしろ、変化の技を使い過ぎると元の姿に戻れなくなるという魔法使用上の約束事にしろ、はたまた魔法の呪いがかけられた人間の内面の持ち様と深く絡まる解釈にしろ、それらはゲド戦記シリーズで何度もなじみ深く語られたことであるからです。…まあゲドシリーズで語られているということはつまりは“ファンタジーのお約束”である、ということとほぼ同義ではありますが。あとソフィーの魂の在り方がいわば老成しており、ゆえに老いの呪いをかけられたことでかえって本来の生き生きとした自分を取り戻せたとい見える描写に関しても、ル・グィンの著書「オールウェイズ・カミングホーム」内の一エピソードからの影響を感じました。まあ、牽強付会と言われればそうかも、と答えるにやぶさかではないのですけど。
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2004年09月25日

M.ナイト・シャマラン監督の「ウ゛ィレッジ」観てきました

前作「サイン」と比べて評判が良さげに思えたので、友達誘ってレイトショー上映観てきたなり。

あらすじしか知らなかったのもプラスに働いて、サプライズ・シークエンスや伏線消化がかなり楽しめて有意義なひとときを過ごせました。キャスティングも親しみやすい印象でいい感じ。美人すぎないヒロイン(ブライス・ダラス・ハワードという女優)が健気でかわいい。しかし「アンブレイカブル」同様にテーマを問われても的確には説明しづらい(「シックスセンス」はそうでもない。「サイン」は未見)。けれど余韻がほんわかかつさびしげで、良い具合。デートとかにも向いてそう。まずはアイディアありきな姿勢が、プラスにもマイナスにも働いていそうではあるけど、画面に出てくる登場人物全員に好感が持てたり、あるいはカメラワークに穏やかな雰囲気を感じたり、秋の実りをイメージした村の風景が美しかったりと惹き付けられるポイントの多い映画でした。
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2004年09月13日

「2001年宇宙の旅」を見ていないのに「2010年」を見た

NHK-BS2で。冒頭に前作のあらすじがレポート形式で入っていたので助かった。

テーマとかオチはよく分からなかったけど結構面白かった。とりあえず、

その1:宇宙(エウロパ除く)は人類が仲良くすれば自由に使っていいらしい。むしろ使え。

その2:太陽は1つよりも2つあった方がよりいいらしい。(私はそう思わないけど)

その3:人間の尊厳と同様に人工知能を敬うべし

3つ目に関しては、関連するセリフを述べた研究者の描かれ方に好感を持った。HALとの会話での彼の最後のセリフに込められたニュアンスには押井守の「イノセンス」を思い出して感動しました。自分が相手をニンゲンだと思えば、それはきっとニンゲンなのだ。相手が動物だろうと、機械だろうと、人形だろうと、肉体を持たない精神体だろうと。人間の想像力には、それぐらいの自由が許されていると思う。

しかし地球の風景がいちいち美しく撮られていたのは、やっぱり意図的なんだろうなあ。アメリカの乾いた平野に行ってみたいとアンテナたくさん立ってるシーン(アリゾナ?)見て思った。
posted by 三和土 at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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